税制優遇FXを開設

「仕事の優先順位をどう決める?・・・会社や組織から与えられる"デッドライン"と社員個人が決める"時間のデッドライン"」(2008/12/02)  あなたは会社で上司から「もっと優先順位を考えて仕事をしろ」などと注意を受けたことはありませんか? 巷(ちまた)にあふれる仕事の時間術に関わるノウハウ本にも、「仕事には優先順位をつけるべし」といった提言が少なくありません。しかしながら、ではどのように仕事の優先順位をつけるべきなのかについて、具体的に指導する上司や解説している本は、極めて稀(まれ)なのではないでしょうか。 仕事の優先順位は個人でなく会社が決めるべき  私が提唱するスピード仕事術=仕事の効率化において、確かに優先順位をつけることは不可欠なのですが、本来仕事の優先順位は、個人ではなく会社や組織が明確に示すべきものだと私は考えています。誰が、いつまでに、どの仕事を片付けるべきか、そのデッドライン(期限)を会社や組織が社員個人に与えない限り、社員は正しい仕事の優先順位をつけることができません。  仕事を「緊急性」と「重要性」の2つの観点からみた場合、多くの場合、会社(組織)、そして社員個人の優先順位は右図のようになります。  最優先すべき仕事では、会社・組織と社員個人の判断が多くの場合一致しますが、その次に優先すべき仕事では違いが出ます。これは社員個人の優先順位がどうしても「緊急性」に振れてしまうからです。たとえば、交通費の精算などの仕事がこれにあたります。会社・組織にとってはルーティンワーク的な業務なので重要性は高くありませんが、社員にとっては、これを片付けないことには自分が立て替えている交通費が戻ってこないので、緊急性が高くなり、優先事項となるわけです。ところが会社が2番目に取り掛かってほしい仕事は、緊急性は高くないが重要性が高い仕事、言い変えると“仕組みづくり”につながる仕事なのです。 “仕組みづくり”を優先すれば生産性がアップする!  交通費の精算などのルーティンワークに、FX があえて時間を費やさなくても済むようなマニュアル化、IT化などの“仕組みつくり”を優先してほしいわけです。「いつか時間があるときに検討しよう」などと後回しにされがちな、こうした“仕組みづくり”を優先すべく、会社・組織が明確に指示を出し、全社員がこれを実行するようになれば、自ずと社員が個人ベースで優先してしまいがちな「緊急性は高いが、重要性は高くない仕事」が減っていくことになります。  仕事の生産性を考えるとき、多くの会社や組織、そして社員が仕事の量を減らすことを考えますが、それは間違っていると思います。企業が成長を続けるためには、それこそ「仕事は無限」にあります。社員個人やその部署に入ってくる仕事の量を絞るのではなく、その量の仕事をさばいていくためのアウトプットをいかに広げられるかが、効率化〜生産性向上の鍵だと思います。その実現のために、各社員が“仕組みづくり”につながる仕事を優先するような、社内での明確な上意下達の指示、そしてこれに基づくデッドラインの設定が、重要な手段となるわけです。

「時間のデッドライン」の決め方  さて、会社・組織が社員個人に与えるデッドラインは、ほとんどが「○月○日までに・・・」といった日付がベースになります。これによって、会社にとっても個人にとっても「正しい」仕事の優先順位が決められるわけです。しかし、より有効に時間を活用するために、社員個人はさらに「時間のデッドライン」を自ら設ける必要があります。  お昼休みを除く1日の実質的な労働時間を仮に7時間としたFX 、まずあらかじめ決まっている来客、外出、会議などのスケジュールを差し引いた、実際に仕事に費やせる時間を明確にします。これを「スロット」と呼びます。ひとつひとつの仕事にどれくらいの時間をかけるか(または時間がかかるか)を勘案しながら、優先すべき順番に従って、この「スロット」に仕事を当てはめていくのです。その日、朝9時から9時30分と11時から12時、午後の3時から5時までの「スロット」があったとします。最優先の仕事が30分かかるなら「9時から9時半」にこれを片付けます。次に優先すべき仕事は1時間かかるから、「11時から12時」、残りの優先順位3位以下の仕事も、同様に所要時間を見積もりながら、小分けして「午後3時から5時」の間で設定します。つまり、これが「時間のデッドライン」になります。 「仕事がはかどった」という感覚は要注意  一度決めた「時間のデッドライン」は厳守することが鉄則です。その時間で必ず終わらせるというルールを自らに課して、終わらせるためにその仕事に集中することが重要なのです。「今朝は仕事がはかどった」などと言う声をよく耳にしますが、まずは、この「はかどった」という感覚を改めるべきです。なぜなら本来であれば、就業時間中、ずっと「はかどっている」のが当然で、それがイコール「仕事をすること」にほかならないからです。「朝のうち、はかどった」という言葉は裏を返せば、「朝以外は遊んでいた」と公言しているようなものなのです。  このように、会社(組織)・個人の双方が、デッドラインを設けて正しい優先順位を明確にすることが、生産性向上の第一歩です。社員個人にしてみれば、自分の使える時間内で、どの範囲の仕事に取り組むべきかが明確になるだけでなく、それを自分の責任において引き受けることで、個人のキャパシティがぐんぐん広がり、その過程で正確な判断力さえも育(はぐく)まれていくのです。

 米国の信用力の低い個人向け住宅融資(サブプライムローン)問題に端を発したFX が世界中を駆け巡り、実体経済への影響が広がっています。急きょ開催された日米欧の主要7カ国(G7)財務相・中央銀行総裁会議で、この危機の収束に向けた行動計画がまとめられましたが、実効性が疑われているせいか、市場の混乱はなかなか収まる気配を見せていません。 初期対応の巧拙がその後の事態を左右する  もとはと言えば、巨額の負債を抱えて経営破綻したリーマン・ブラザーズや米政府の管理下に置かれることになったアメリカン・ インターナショナル・グループ(AIG)などの大手金融機関が、サブプライムローン等のリスクの高い事業に傾斜した結果として起きた、いわば必然的な金融破綻であることは論をまちません。しかし、実体経済の混迷ぶりを考えると、米国政府による「救済したり、しなかったり」という場当たり的な初期対応のまずさが、世界的な規模で、不信が不信を呼ぶ“負の連鎖”を生んでしまったと言えるのではないでしょうか。そういった判断に至った理由が何であったかはわかりかねますが、その後のリーマン・ブラザーズ前社長の高報酬に対する批判の強さを見ると、これもその判断の根拠の1つであったことは容易に推測されます。  無論、米国政府が右往左往した背景には、来たる大統領選を控えて「利益追求を最優先した私企業である金融機関の救済に、国民の税金を使うべきなのか」といった、安易な救済による金融機関のモラルハザード(企業倫理の欠如)を警戒する意識があったことは理解できます。しかしながら、企業でも国家でも、何か問題が発生した場合にその原因を作った人間や企業の責任を追及したり、処分したりすることと、起きている問題に集中して向き合い、迅速に解決することは全く別の話のはずです。 初期対応は時間との勝負  今年2月に起きた、海上自衛隊のイージス艦「あたご」と漁船「外国為替 」の衝突事故でも、まずは全力で行方不明になられた漁船船員2名の捜索にあたるべき、海上自衛隊のヘリコプターが、実際は救助活動の最中であるにもかかわらず、防衛省内の事情聴取を優先し、「あたご」航海長の移送などに多くの時間を割いていたことが露見しました。  そしてまた、この10月に都内在住の妊婦が脳内出血を起こして緊急搬送先を探したところ、いくつもの医療機関から受け入れを断られ、出産後に亡くなられたという悲劇が起きてしまいました。こうした悲劇は二度と繰り返されてはならない救急医療の根幹にかかわる問題なのですから、再発防止策としての抜本的な解決策が見出されるまで、とにもかくにも今できることはすぐに手を打つという、緊急対策に注力すべきではないでしょうか?しかしご承知の通り、すぐに出てきたのは、国と都の責任のなすり合いです。これではあきれるほかありません。  責任の追及や原因究明、処分はその後の善後策、再発防止策を講じるために不可欠ですが、と言ってミスを犯した企業や人間をいくら責めても、目の前にある問題は何も解決しないのです。

まずは火消しに集中せよ!  かくいう私も、前の会社で社長になりたての頃は、社員が何かとんでもない問題を起こすと「豆腐のカドに頭ぶつけて死んじまえ!」などと、よく暴言を吐いたものでした。しかしある時から、そのあまりの無意味さに気づき、失敗に対してきっぱり怒鳴ることをやめました。たいていの場合、失敗が社内的に発覚した時点でその当事者は既に十分反省しているものです。その当事者を前にして、さらに怒鳴ったところで何の解決にもならないばかりか、本人を萎縮させ、やる気をなくさせるだけです。怒る暇があるのなら、その時間を緊急対策に集中すべきと、身をもって実感したわけです。  たとえば工場でボヤが起きた時に「なんでボヤなんか起こすんだ?」とわめいても、火が消えるわけではありません。管理者には、火消しに必要な消火器の確保、消防署への連絡、避難誘導など、手を打つべき作業手順に基づいて、瞬時に人員を振り分け、何分以内に終了させるという冷静な采配が要求されます。これこそが緊急対策なのです。そして火が消えて、安全が確認できてから、再発防止のための原因究明に取りかかれば良いのです。  金融危機での米国政府の対応、「あたご」衝突事故での防衛省の対応、あるいは救急医療の受け入れ拒否問題における国や都の対応に共通するのは、起きている問題がその後の状況にどのような影響を与えるかということに先走りすぎて、「まずは火消しに集中する」という意識が希薄だったことと思うのは、私だけではないはずです。 感情ではなく原理原則に基づいて対処する  社会的な影響の大小はあるにせよ、会社や仕事に問題はつきものです。もっと言えば、問題の起きない会社なんてあるわけがありません。であれば、問題が起きた時にどう対処できるかは、すべてのビジネスパーソンにかかわってくる日常的な課題と言えます。  問題を起こした当事者なら「なぜこんなミスをしたのか」と悔やんでいないで、上長の指示を仰ぎながら、とにかく事態を収束させるために自分ができることに集中する。報告を受ける立場なら、部下を叱責する前に、冷静な対処方法を指示する。そして事態収束後に、ともに徹底的な原因究明を行い、同じ失敗を繰り返さないための再発防止策を講じる。さらには他の部署でも同様の問題が起きないように「ヨコ展開」で、情報を共有化する・・・。  このように問題解決には、あくまでロジックの組み立てで臨むべきです。感情的な叱責や、責任追及のための内輪での「犯人探し」、そして「自分のせいじゃない」的な安易な責任逃れは、事態を好転させないばかりか、より深刻な新たな問題を作り出してしまうのです。